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流れ
2010-08-05 Thu 18:43
以前に 「 笹舟 」 という題で、私たちの人生は運命という川の流れに乗った笹舟だと
いうお話しをしましたが、分子生物学者の福岡伸一さんの 「 生物と無生物のあいだ 」
という本を読むと、私たちは常に変化する川の流れそのものだということ分かりました。
そして、このことについて福岡さんは下のように述べています。

よく私たちはしばしば知人と久闊 ( きゅうかつ ) を叙するとき、 「 お変わりありません
ね 」 などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベル
では我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。 かつてあなた
の一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。


元々、体の半分から3分の2は水で、それ以外の成分も絶えず新しいものに置き換わっ
ていて、私たちの存在は不確定であやえふやなものなのです。
このことを難しく言うと、 「 動的平衡 」 と呼んでいて・・・・

つまり、福岡氏曰く “ 私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆる
い 「 淀み 」 でしかない。 しかも、それは高速で入れ替わっている。 この流れ自体が
「 生きている 」 ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収
支が合わなくなる
” ということのようです。

そして、死ぬということは、この流れが止まることです。 このように生きるという生命活
動は、とりとめのない儚 ( はかな ) いものなのですが、一方で私たちが考える人生と
いう川は、たとえは儚くても、かけがえのない貴重な流れなのです。

星野道夫さんの 「 旅をする木 」 の中には下のような言葉がありました。

・・・はただ在るがままの人生を生きてきた。 それは自分の生まれもった川の流れの中
で生きてゆくということなのだろうか。 ・・・はいつかこんなふうにも言っていたからだ。
「 誰だってはじめはそうやって生きてゆくんだと思う。 ただみんな、驚くほど早い年齢で
その流れを捨て、岸にたどり着こうとしてしまう 」

結果が、最初の思惑通りにならなくても、そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして最後に意味をもつのは、結果ではなく、過ごしてしまった、かけがえのないその時
間である。
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